浜区の年表区に残っている記録から
浜区に残っている記録から、いつ何があったかを年ごとに並べていきます。
区の文書は総会草案や議事録、はま新聞、要望書など種類ごとに分かれていて、通して読むと前後のつながりが見えにくくなります。ここはその筋道だけを追う場所です。
だれでも読めるページです。個人が特定できることや、進行中の案件そのものは扱いません。
古い順にする(いまは新しい順)
2026年
- 4月1日認可地縁団体になる任意団体から法人へ。手続きは前年から進めていた。
2020年
- —総会を書面決議で開くコロナ禍のため。この年、浜保育所を区外へ移す計画が示されたが、区が1968年の契約書を示して求めた結果、計画は見直され、保育所は浜区内に新しく建てられた。
2018年
- —ブロック塀の撤去と本館の大規模修繕大阪北部地震を受けたもの。
2014年
- —区民センターに避難場所の設備を整えるマンホールトイレなど。
2013年
- —第1期の男里浜区防災組織が発足
2011年
- —東日本大震災の義援金を拠出10万円を日本赤十字社へ。この年、浜保育所の移転計画が初めて示された。
2006年
- —5号踏切の拡幅工事4月から12月まで。
2001年
- —敬老会を浜区単独で開くようになる
2000年
- 1月区民センター別館が竣工浜区が自前で建て、泉南市へ寄贈登録した。
1997年
- —区の選任規則を改める7ブロック制を導入した。
1995年
- —阪神・淡路大震災の義援金を拠出476,500円。
1994年
- —5号踏切の拡幅を求める署名運動南海本線5号踏切について、約5,500名の署名を集めた。翌年、梅井側のロータリーが一部完成している。
1993年
- —はま新聞の定期発行が定着。浜区老人会が発足はま新聞そのものは1969年から出ている。定期的に出るようになったのがこの年で、1996年度から月1回を原則とした。
1992年
- 3月ゲートボール場が完成
1990年
- —樽井海水浴場と温水プールがオープン
1989年
- 7月温水プールが完成ごみ焼却場の排熱を利用する施設として、清掃事務組合が建設した。
1979年
- 6月1日男里浜児童公園が開く浜保育所の前に整備された。
1974年
- 8月7日清掃事務組合との話し合いがまとまる浜自治会館で調印した。
1972年
- 10月19日下水終末処理場の建設に関する覚書全14項。南大阪湾岸下水道南部地区連絡協議会とのあいだで交わされた。
1971年
- 8月7日男里浜区が設立される市指令第116号により、独立した区となった。
1970年
- —ごみ焼却場が稼働。泉南市制が施行される泉南市立男里保育所(2階に浜町会館)が完成したのもこの年。市制施行は7月1日。
1968年
- 10月8日ごみ焼却場に関する契約書が結ばれる全24条。泉南清掃事務組合と、当時の男里浜町内会とのあいだで交わされた。以後の浜区と市や組合との関わりは、この文書を出発点にしている。
1967年
- 9月30日泉南清掃事務組合が設立される
1956年
- 9月泉南町が発足樽井町と信達町と雄信達村ほか6町村が合併した。
1934年
- —天神ノ森で須恵器が見つかる室戸台風のあと、天神ノ森の砂の中から古墳時代後半(6世紀初め)の大型須恵器が見つかった。
1889年
- —雄信達村が発足男里村と幡代村と馬場村が合併して雄信達村となった。